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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)2496号 判決

株式会社池田商店破産管財人 原告 牧野彊

被告 池田芳之助

主文

一、被告は、原告に対し、金四五万円並びにこれに対する昭和二九年三月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

三、この判決は、原告において、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

被告が、池田商店の設立発起人であること、池田商店が一株の金額五〇〇円、発行済株式の数一〇〇〇株の株式会社として、昭和二九年三月一六日その設立登記手続がなされたことは当事間に争がない。

然るに、原告は、右株金五〇万円の払込はないと主張し、被告は、被告並びに他の発起人ら及び株式引受人訴外佐藤八重の引受けた全株式の払込金五〇万円は、被告において、他の発起人らに代り、全額を、金融機関に払込んだ旨主張して争うので、先ず、この点について判断する。証人相馬興、同増田重二、同田嶋実紀良の各証言及び成立に争ない甲第六号証の二によれば、池田商店設立の際、同栄信用金庫浅草支店(当時の支店長増田重二)に対し、何人かが、株式払込金として、金五〇万円を預け入れたこと。同金庫から払込金保管証明書が発行されたこと。訴外田嶋実紀良が同初鹿野誠(発起人代表)から依頼され、右証明書を添付して、池田商店の会社設立登記手続一切をすませてやつたことが認められる。他に右認定を動かすに足る証拠はない。

しかし、原告は、右株金の払込手続があつたとしても、それは、法律上有効な払込がないのに拘らず、これあるように仮装したものすなわち、所謂みせ金であるとして、株金の払込の効果を否認しているから、次にこれを判断する。成立に争ない甲第一ないし第三号証、甲第六号証の一、証人初鹿野誠並びに小寺巌(各第二回)の証言により成立を認めうる甲第五号証の一ないし八、証人田嶋実紀良、同相馬興、同増田重二の各証言、証人初鹿野誠、同小寺巌(各一、二回)の証言及び被告本人尋問の結果(一、二回)の各一部(いずれも、後記信用しない部分を除く)を綜合すれば、被告はかねて、個人で漆器店を経営していたが株式会社池田商店(本件池田商店の前身で、以下(同池田商店という)を設立したところ、経営不振となり、遂に、不渡手形を出し、銀行取引が停止されるに至つたので、旧池田商店は、昭和二九年二月二八日、株主総会の決議により解散した。そこで、被告は、同名の株式会社池田商店(本件池田商店で、以下新池田商店という)を設立することとし手形不渡を出した関係上、その発起人代表を訴外初鹿野誠とし、同訴外人、訴外小寺巌らと相談のうえ、その払込資金を他から借用し、これを同栄信用金庫に払込み、払込金保管証明書の発行を得て、昭和二九年三月一六日新池田商店が設立され、右金庫より保管金の支払をうけるや、即日新池田商店発行の小切手にて金四〇万円を、次いで、同様小切手にて昭和二九年三月一九日から同月二九日までの間に、前後四回にわたり、残金一〇万円を含む合計金一一万円余を、右払込資金より引出し、これを貸主に返済したこと、及び、新池田商店は設立後、旧池田商店からその手持商品を五〇万円にて譲受けたように帳簿上記載されているが、しかし、これは単に形式上このように体裁を整えただけであつて、払込資金から代金五〇万円は全然支払われたことがなく、前に認定したとおり、右払込金は貸金返還に充当されたことを認めることができる。右認定に反する証人初鹿野誠、同小寺厳(各一、二回)の証言並びに被告本人尋問の結果(一、二回)の各一部は信用できず、他に、右認定を動かすに足る証拠はない。もつとも成立に争のない甲第一(被告の上申書)、二(小寺巌の念書)、三号証(初鹿野誠の念書)には、それぞれ払込がなされた趣旨の記載があり、証人小寺巌、初鹿野誠並びに被告本人(各一回)は、またそれぞれ払込が現実になされたかのように供述するけれども、右書証の記載並びに供述内容は、払込人の何人であるかについて相互に矛盾し、少くとも書証の作成名義人および供述者本人が払込をしていない点において一致することに照らし前記認定にてい触する部分は到底信用し難いといわなければならない。

以上認定の事実に徴すれば、右五〇万円の払込は、単に、成立登記申請の必要上、払込取扱銀行発行の払込金保管証明書を入手する手段として、一時、他から払込資金の融通を受け、これを金融機関に払込んだものであつて、被告らの株式引受は、真に設立会社の資本金に充てるため株金を払込むという意思がなく、また、右金員は、上述のとおり、会社設立後、直ちに、払い出され、貸主に返還されるものであるから、資本充実を欠くべからざるものとする商法の立場からみるときは株金の払込があつたと認めることはできない。蓋し、なるほど、形式上は、五〇万円を一応払い込まれ、それから他に流出したものであるから、株金の払込があつたといえよう。ただ、貸主に対し、会社資金をもつて返還することは、会社の取締役その他の者の背任横領、又は損害賠償の責任を負う場合があるかも知れないが、しかし、商法は、会社の設立にあたり、発行済株式の総額は、かならず、現実に充当されることを要求し、この要求を実現するため、払込取扱銀行の制度を設け、現物出資、設立後会社に財産を譲渡する場合は、裁判所の選任した検査役の調査を必要とする制度を設けていることや、預合の罪を規定し、これを禁圧している法の趣旨に徴すれば、本件のように、株金払込に際し、既に、その払込金を、会社設立手続完了の後、その会社の資本に充当する意図を有せず、しかも現実に、払込がなかつたと同じ状態に至つたこと明白なものは、到底株金の払込があつたものと認めることはできないからである。

そうだとすれば被告は破産会社の発起人として右五〇万円の払込責任があるところ訴外田嶋実紀良が、右五〇万円のうち五万円につき、発起人として、その支払をしていることは、原告の自認するところであるから、被告は、右未払込株金四五万円並びにこれに対する株金払込期日の後であること明らかな昭和二九年三月一六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うべきである。よつて、原告の請求は、理由があるので正当として全部これを認容することにし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言については、同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷部茂吉 裁判官 上野宏 玉置久弥)

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